今日の農業事情の変化とそのツケは農家よりも都市勤労者・労働者にとって決定的な作用力を潜在させており、FTA(二国間自由貿易協定)や地球温暖化などは耕地を持たない労働者とその家族の命運をも左右する憂慮すべき問題を含んでいます。
伊藤 伝一
名張市という町に移住して20年余になります。歴史探訪に適した由緒ある町ですが、現在は大阪に通勤する人々のベッドタウンとして開かれ、人口の半分は農村や旧市街に住む人々で、半分は移住してきた新住民で占められています。私も老後を田舎暮らしで、自然との共生を楽しむべく越して来ましたが、農村をめぐる情勢はこの間に大きく変化しており、黙過するわけにはゆかなくなってしまいました。農村や農業問題は都市に住む人々には、長い間自然や農村と引き離されて暮らしてきたために.容易に理解できなくても当然といえるでしょう。
しかし今日の農業事情の変化とそのツケは農家よりも都市勤労者・労働者にとって決定的な作用力を潜在させており、FTA(二国間自由貿易協定)や地球温暖化などは耕地を持たない労働者とその家族の命運をも左右する憂慮すべき問題を含んでいます。私は農村に入ってこの問題に気づいた限り、わかりやすく解説し伝える責任を感ずるものです。
いま農家は、一般的に採算性が悪く、若い人たちは後を継ごうとしません。殆どは都市労働者か、製造業で働くことを希望しています。祖先の土地を継承して農業を営んできた高齢者は、耕作意欲があっても体力が限界に達しています。そこから農業放棄がすすんでいることはご承知かと思います。こうした農業崩壊の根本原因は食糧輸入です。パン、うどん、そば、菓子類などに使われる小麦はすでに年間500万トン以上に達しており、これらが米飯生活を追放していきつつあるのです。この数量は日本人の年間穀物消費量の半分を占めています。農作物輸入に対抗してかろうじて維持してきたおコメは年間500万トンもあればたりるのですが、世界貿易機関(WTO)での協定により、毎年すでに80万トンのおコメを輸入しています。
畑や田の仕事で一息入れて草むらに腰を下ろしていると、日本の農業政策は明らかに崩壊の一途を辿っており、むしろ国自身が農業を放棄しつつあると見てよいと感じるようになりました。このままでいくと都市に住む勤労者は、食糧をすべて外国に依存して生活するようになるのは必定だと思います。遠路はるばる運ばれて来る農作物の中身は言うまでもなく農薬漬け・化学肥料漬けであり、まともな食品とは言いがたいものです。とりわけ本来の日本人の食生活とは異なる方向に進んでいくことが見えてくるに従って、やるせない思いになります。いく人かの学者が今日の欧米化のすすむ食生活では日本民族は滅亡すると言っているのは決して誇張ではないと思います。
WTO(世界貿易機関)は世界各国の貿易上の利害調整を行うために集まって協議しているところですが、残念ながら各国が譲り合わないために、話し合いがうまく進まず、行き詰まってしまっています。WTOの進展を待っていられない各国はそれぞれに貿易の相手国を見つけて、経済関係を結んでいきつつあります。これがFTA(二国間自由貿易協定)、EPA(経済連携協定)といわれるもので各国間での締結がすすんでいます。
すでに日本はタイ、メキシコ、シンガポール、など数カ国とFTAを締結しています。これによってコメ以外の多くの農畜産物が輸入されてきています。スーパーに並ぶ安い農産物の裏側を見れば、ほとんど中国をはじめとする外国産です。価格競争に敗れて廃業する農業部門が増えてきていますが、これらの協定によるものです。問題はこのFTA交渉がいまオーストラリア(以下豪)と日本との間で政府間交渉がすすめられていますが、国内の農業関係団体がこの豪との締結に反対し、全国的な運動をはじめました。豪は日本からの自動車・電気製品の輸入を自由化する代わりに、日本向け農産物の輸出を自由化し、お互いに関税をなくしていこうという提案をしてきています。日本の農業基幹作物であるコメなどの品目の自由化は困ると拒否すれば、それなら自動車・電気製品も自由化もしないと拒否されるため、財界と政府はコメなどの自由化を認めざるを得なくなってきています。
もし、自由化が決まれば日本の商社は競って豪の安い農畜産物を輸入し、スーパーにはいまよりも安いおコメが並ぶことになります。消費者の多くは安いコメにとびついていくことは火を見るより明らかです。これで日本の米作農家は赤字経営となるため、ますます耕作放棄が強まるのも明らかです。すでに農協は農家相手では経営が成り立たなくなることを見越して、縮小あるいは多角経営へと移行し始めています。こうして食糧を全面的に外国からの輸入に依存して、国産の自給率がごくわずかになってしまったあとに、今日地球温暖化の影響による農作物の不安定な作況が世界各国で発生した場合、また戦争の危険も増大してきているなかで、もし日本への輸出国で輸出が困難となってきたとき、日本の社会は完全な食糧危機に陥ることは必定です。まして輸出国が戦争状態になったときに、日本に対して戦争への協力が要請されたら、断ることのできない弱みを負うことになって、戦争に出兵するだけでなく、日本本土も戦争の標的として巻き込まれて行く危険があります。食糧を外国に依存することによって、日本の平和までおびやかされることを考えると憲法9条と日本の平和を守ることが世界各国との経済的連携をすすめるうえでも不可欠の課題として考えなければなりません。
日本人の食糧を外国に依存することがいかに危険なことであるかを提起いたしましたが、万一輸入が止まった場合、都市労働者の飢えと暴動が発生する危険性が現実に起こる可能性は極めて高いといわざるをえません。日本の憲法が示す主権在民は、こうした食糧危機に対して、国民が食糧主権を自らの力で自衛すべきことを示唆しています。
地球の温暖化を防ぐ運動と共に生産者と消費者の緻密な契約栽培方式による食糧確保組織の確立と生産の安定化を、確立することが不可欠となってきています。契約栽培運動を全国的に広げるために、土地を持たない消費者と生産者の提携を呼びかけてゆくものです。
時に近づく参議院選挙は、平和な日本の社会を守る保証である憲法9条が、生かされるか、消滅されるかの分岐点となっています。戦争をしない憲法9条と国民による食糧主権の確立のために政党として真剣に努力されている日本共産党へのご支持を訴えるものです。
以上