ゴア「不都合な真実」を読んで
2007年2月
大阪から公害をなくす会 芹沢芳郎
アルバート・アーノルド “アル” ゴア・ジュニア(Albert Arnold “Al” Gore, Jr., 1948年3月31日生まれ )は、アメリカ合衆国の政治家である。
いま話題となっているアル・ゴアの著書「不都合な真実」を読んだ感想を書いてみた。
アル・ゴアは1992年に発表された「地球の掟 文明と環境のバランスを求めて」以来、地球環境問題の論客として活動してきたことで知られている。その後、クリントン政権の副大統領を1993年から2001年まで務め、2000年に大統領に立候補した。全国一般投票では共和党候補ブッシュより得票数で上回ったが最終的には敗北した。
ブッシュ政権は基本姿勢として「地球温暖化」を認めず、京都議定書から離脱してきたが、今回国連の気象変動に関する政府間パネル(IPCC) 第四次報告が発表され、「地球温暖化」が確かな事実として世界的な理解を得る状況のなかで、ブッシュ大統領が一般教書演説で、初めて気候変動を重要な課題と認めたことで、地球環境問題に対する米政府の政策転換が予想される状況になってきた。
ブッシュ政権の今後の地球環境政策展開を考える上で、従来、ブッシュ政権の環境政策を批判し、この問題で世論喚起の役割を自認しているゴアの訴えを著作を通じて確認しておくことの意義は大きいと考えて、話題の著書「不都合な真実」の感想をまとめてみた。
読後感を一言で言えば「強烈なインパクトを持った現状報告に対し、克服策はきわめてお粗末だ」ということです。
目次のない著書なので、内容見出しに相当する言葉を拾って並べておきます。
「災いを引き起こすのは、”知らないこと”ではない。”知らないのに知っていると思い込んでいること”である」
「明らかに、私たちのまわりの世界に、ものすごい変化が起きている」
「この期間(1860~2005)の全記録の中で、最も気温の高かった年は、2005年である」
「1970年代以来、猛威をふるう大型の暴風雨は、大西洋でも太平洋でも、その勢力を保つ期間も強度もかっての約1.5倍となっている」
「まるで、この世の終わりを告げるヨハネの黙示録の世界をそぞろ歩きしているかのようだった」
「世界の気温上昇が場所にって異なるため、地球古来のリズムである春夏秋冬も変貌を遂げつつある」
「この25~30年の間に、30ほどの”新しい病気”が出現している」
「もし、グリーンランドまたはグリーンランドの半分と南極の半分が、溶けたり割れたりして海中に滑り落ちると、世界中の海水面は5.5~6メートル上昇することになる」
「世界地図を、描き直さなくてはならなくなるだろう」
「私たちは、人間文明と地球が、前例のない形で大きくぶつかりあっている様子を目の当たりにしている」
「私たちがどのように森林を扱うか――これは政治問題である」
「私たちが、自然のことを考えずにあまりにも大量の水を引いてしまうと、河川はもはやうみまでたどり着けなくなることもある」
そして45年後には世界人口が90億人に達すると予測されている今日、地球温暖化による危険信号が世界中に点っていると訴え「真実を否定してはならない」と力説します。全巻320ページの260ページをしめるこの部分の迫力は圧倒的です。簡潔に状況を訴える文章、工夫され問題を浮かび上がらせる画像や図表などアメリカ社会が培った情報伝達技術が駆使され読者の心に迫ってきます。
さらに、科学が専門分化して門外漢には主張の正否が分かりにくくなっている現在、論文審査を受けて科学雑誌に掲載されている温暖化についての論文を調べれば、「地球は本当に温暖化しているのか、その主因は人間なのか、その結果は本当にただちの行動をとらねばならないほど危険なものか」について、世界の科学界の共通認識が出来上がっていることが明らかだと報告して、「科学において、この件に関する意見ほど皆の意見が一致することは、まれである」と危機の科学的根拠の確かさを強調します。
以上の、地球環境の危機の実態を訴える部分、またこの分野でのブッシュ政権の誤りと、それが地球環境に及ぼして来た危険を、簡潔鮮明に明らかにした部分にこの著書の積極的な意義を認め、広く読まれれることを希望します。
しかしこのような危機への対応策、危機克服の政策となると期待に反します。
はっきりした章立てで区切られてはいませんし、危機の訴えと入り組んでいますが、著者は「人類と自然の衝突」を引き起こしている原因として次の諸点を上げています。①人口の爆発 ②科学技術の革命 ③気候の危機の対する私たちの根本的な考え方 を指摘します。そして最後の「考え方」の問題を重視して、その中に次のような諸問題を指摘します。
・ まず危機に対する人びとの意識の不足です。「もし自分たちの身の回りで、重大な変化が少しずつゆっくりと起こっているとしたら?」水をゆっくり熱すると中の蛙が茹で上がってしまう例を引いて、「私たちが自分たちの生存を脅かす差し迫った危険を認識する、集合体としての”神経系”がさきほどの蛙の神経系と同じだということだ」と指摘しています。ここから当然危機への警鐘こそが必要だという考えが出てきます。
・ 次に、科学が専門分化して、温暖化の科学的な平易な説明が難しくなり、それに乗じて科学的主張を疑い否定するような懐疑論が政治的発言として行われ、危機に対する一致した理解が妨げられる問題を指摘します。そして、ブッシュ大統領が、フイリップ・クーニーという科学的な訓練を全く受けていない弁護士兼ロビーストをホワイトハウスの政策担当に雇い、環境保護庁をはじめとする連邦政府の温暖化に対する公式評価に手を入れたり検閲したりしてきた事実を上げて、「地球温暖化などの重要な問題に関する、科学的に一致している意見を無視することによって、(ブッシュ大統領とその政権は)地球の将来を脅かしていると断罪しています。
・ もう一つは、「私たちは、健全な経済か、健全な環境化のどちらかを選ばなくてはならない」という思いこみだと指摘します。そして著者は、「私たちは、”環境に優しいことはお金にもなる”と考えている。環境面の改善が、経済面の利潤につながる時代なのだ」というジェネラル・エレクトリック会長の言葉を引いて強調します。具体的には炭素取引市場(例としてシカゴ気候取引所CCX)が取り上げられ、展望ある今後の方向として強調されています(一般的には排出権取引市場)。
・考え方の最後の問題は「科学者が言うほど本当に大変な脅威なのだとしたら、自分たちにはどうしょうもないのではないか、お手上げだとあきらめてしまったほうがいいんじゃないか」という危険な誤解だと言います。それに対するゴアの意見は、「私たちひとりひとりが温暖化を引き起こしている。しかし、私たちひとりひとりは、解決策の一端を担うことができる。」というものです。
以上のような危機の分析から出てくる対応策として以下のような方向性が提起され、具体的な内容が詳しく述べられています。
気候の危機の解決に手を貸すために出来ること
・自宅の省エネを進めよう
・移動時の排出量を減らそう
・消費量を減らしもっと節約しよう
・変化の推進役になろう
果たしてこのような対策で危機の克服が出来るでしょうか?
我が国では1970年代の深刻な公害経験を通じて、環境と経済の調和論の誤りを体験してきました。この著書には、今の地球環境の危機を社会全体の共通の理解にしようという危機意識はあっても、この危機をもたらした真の原因について、社会の仕組み、社会のそれぞれの構成員の果たしてきた役割についての科学的な分析がありません。ゴアの政敵ブッシュが、如何にまやかしの理論を使って「温暖化」の危機に目をつむり世界に危機をもたらしたかの指摘止まりです。技術を発展させれば危機は克服でき、環境問題は新たなビジネスの可能性を開くという技術至上の楽観論に貫かれ、今の技術で解決できない部分では、エネルギーや資源の利用を制限して温暖化ガスの排出を必要な水準に押さえ込もうという社会的な規制の考えもありません。広告手段を使って美しく美味しく便利な商品への国民の欲望をかき立て消費を拡大することで景気を維持する経済政策が、人びとの意識を消費の拡大に駆り立てていく現状への反省もありません。それぞれの社会構成員の役割の科学的位置づけがなければ、みんなが出したモノだからみんなの一人一人での努力で始末しようという、環境問題総懺悔の結論しか出てきません。「強烈なインパクトを持った現状報告に対し、克服策はきわめてお粗末だ」と言わざるを得ません。
以上